風老人の日常

「うん・」・・ここは、目覚めと同時に眠気眼の目を見開き「ここは、・・・どこだ。」 誰に言うでもなくつぶやき立ち上がり夜明け前の空を見た。雨が降っていない、洗顔して出掛ける準備にかかる。ポロシャツにジーンズ、ランニングシューズで玄関を出てドアーに鍵をかける。雨の日以外の散歩コースにスタートした。かぜおいびとの至福のひと時である。半世紀前に開発されたニュータウンも今では老人の街、大都市の中心部から離れてバスを使用しなければならない地は、開拓精神旺盛な初代は自らの希望と野心に任せ駅から遠く多少交通の便が悪くても希望の地として選択するが そこに生まれ育った二代目はそのいきさつ初代の思いを知らず、その地の機能のみを重要視するから与えられたその地にはほとんど住みつかない。だがその地を選択しそこに住み尽き例え次の世代子息から見捨てられようともそこに残された開拓者にとっては安住の地であることに変わりはない。

人工的に作られたニュータウンのウォーキングコースに名もない野草と小さな虫たちが奏でる音と光のシンフォニーに野鳥が共演した見慣れた風景の中を行き交う人々に思いをはせ、感傷を呼び覚まし今を振り返ると脳裏をよぎる思いがふっと浮かぶ。この世には、光と影、表と裏、陰と陽、右と左、合い相反して対象をなす万物がある。人もまた究極的には魅せる人と魅せられる人のいづれかでありその中間はない。どちらかを自ら選択し歩まなければならない。魅せる人は主役となって人々を魅了する。主役は主役であるがために日々努力しなければならない。継続した努力を怠った時、主役の座を失い魅せる人から魅せられる人へと転化する。魅せられる人は、自分自身が出来ない不可能なことを魅せる人に置き換え、その感情まで移入して魅せる人になりきって自己満足する。従って、魅せる人は常にトップを目指し自己研鑽し続けなければならない。家に一人で閉じこもっていては何もできない。人を求めて表に出よう。表に出れば地域会館もあれば文化会館、デパートに図書館、体育館や博物館もある。どこでもいい飛びこんでみれば道は必ずある、必ず開ける。老弱男女を問わず、快適に人と接することができる。